大判例

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大阪高等裁判所 昭和36年(ウ)743号 判決 1969年7月15日

申請人

前山新一郎

代理人

梅原貞治郎

外四名

被申請人

和歌山木材株式会社

代表者

大瀬正一

代理人

水田猛男

外三名

主文

申請人前山新一郎、被申請人和歌山木材株式会社、同大瀬正一間の当裁判所昭和三六年(ウ)第六七九号仮処分申請事件につき、当裁判所が昭和三六年一一月九日なした仮処分決定中被申請人和歌山木材株式会社に関する部分を取り消す。

申請人の被申請人和歌山木材株式会社に対する仮処分申請を却下する。

申請費用は、申請人の負担とする。

事実《省略》

理由

被申請人は、本件仮処分申請事件の本案事件の当事者ではないから、当裁判所に本件につき管轄権がないと主張するので、まずこの点につき判断する。申請人が杉本信一を被告として奈良地方裁判所に対し「本件山林が申請人の所有であることを確認する。被告は、右山林の立木を伐採してはならない。」旨の判決を求めるため訴を提起し、同事件は、同庁昭和三四年(ワ)第一二五号事件として同庁に係属し、審理中のところ、大瀬正一が右杉本信一の訴訟の目的たる債務を承継したとして、同裁判所は、昭和三六年七月二八日大瀬正一をして被告たる杉本信一の訴訟の引受を命じ、被告杉本信一は、同年九月一日右訴訟から脱退したこと、同裁判所は、同月一八日右事件につき、申請人(原告)勝訴の判決を言渡し、大瀬正一は、同月二五日当裁判所へ控訴の申立をし、同事件は、当裁判所にに昭和三六年(ネ)第一、一二四号事件として係属したことは、当裁判所に顕著な事実である。そして、申請人が昭和三六年一〇月三一日当裁判所に対し、被申請人と大瀬正一を被申請人として、申請人主張の趣旨の仮処分の申請をし(同年(ウ)第六七九号事件)、当裁判所が右申請を理由があるものと認め、同年一一月九日右申請の趣旨と同旨の仮処分決定をしたことは、本件記録により明らかである。仮処分命令の管轄裁判所は、本案の管轄裁判所であり(民訴法第七五七条第一項)、本案の管轄裁判所は、第一審裁判所であり、本案が控訴審に係属するときに限り控訴裁判所であるから(同法第七六二条)、申請人が本件仮処分の申請をした当時においては、大瀬正一に対しては当裁判所が管轄権を有するが、被申請人和歌山木材株式会社に対しては管轄権がなかつたといわなければならない。しかし、本件申請書によると、前示大瀬正一は、自己が代表取締役をしている被申請人をして昭和三五年八月頃から本件山林の立木を伐採搬出せしめ、前示第一審判決において敗訴したのに、依然として伐採搬出を続けておりこの状態のまま推移するとやがて全山林の立木が悉く伐採されて申請人が回復すべからざる損害を被るので本件仮処分の申請をするというのであり、その後申請人は被申請人に対し訴訟引受の申立をし、当裁判所は、昭和三七年一月一〇日被申請人をして、控訴人大瀬正一の訴訟を引受けしめる旨の引受決定をし、被申請人が爾後訴訟引受人として、当裁判所に係属中の本案訴訟に関与していることは、当裁判所に顕著な事実である。そうすると被申請人は、訴訟引受人として、当裁判所に係属中の前記本案事件の当事者たる資格を有するに至つたのであるから、当裁判所も民訴法第七六二条但書により被申請人に対する関係においても管轄権を有するに至つたものというべきである。従つて、この点に関する被申請人の主張は、理由がない。

申請人が一号山林を所有していること、大瀬正一が二号山林を所有していることは当事者間に争いがない。

申請人は、本件山林は、一号山林に当り申請人の所有するところであり、被申請人は、本件山林は、二号山林に該当し、大瀬正一の所有山林であると主張するので、判断することとする。

<証拠>の各図面(甲第六号証は添付図面)には、一号山林が本件山林に当るように記載されているが、甲第八号証の図面は、その名の示すように仮図面で、図面としては極めて粗雑なものであり、本件山林に当ると思われる部分に口千丈山弐、その反対に口千丈山壱と記載されているのみで、これが二八四番地の二及び同番地の一に当るか必ずしも明白でなく、また右山林の地番境界等も明白に表示されていない。のみならず、九度山町海堀徳三郎殿と宛名が記載されているにかかわらず、<証拠>によると、海堀徳三郎は、浦増一に対し大正三、四年頃から同人が杉清の山林の伐採事業の人夫に要する食糧を売り渡し、その代金一六、〇〇〇円の債権を有するに至つたが、浦増一が右事業に失敗し、右債務を弁済することができなかつたので、浦増一から杉清二八四番地の一、二の山林(登記簿上浦吉太郎の所有)を右債務に対する代物弁済としてその所有権を取得したが、その際海堀徳三郎は、浦増一に現地を案内してもらい右山林の範囲の指示を受けたが、右二筆の山林は、いずれも神納川の東側(左岸)にある旨の説明を受け、これを確認して代物弁済として所有権を取得したこと、その際甲第八号証の交付を受けたことのないことが疎明されるし、後掲の各公図と対比しても、申請人の主張事実を疎明する資料として採用できない。次に、前示甲第三九号証は、奈良県吉野郡十津川村字杉清字口千丈二八四番地一及び二登記反別三六〇町歩実測反別約三、〇〇〇町歩浦吉太郎、徳治郎共有地とのみ表示され、作成者の署名押印も作成年月日の記載もない。弁論の全趣旨によると、右図面は、名古屋の長谷川木材店が口千丈及び奥千丈で山林の伐採事業をしていた時の伐採作業図であると一応認められるが、後掲の公図と対比すると、右甲第三九号証の図面は、申請人の主張事実を疎明する資料としては採用できない。また、前示甲第六号証に添付の図面は、成立に争いのない甲第三四号証の四によると、中南金重が申請人に頼まれて、昭和二八年二月二八日に作つたものであるが、他の図面に基づいて作成したものではなく、自分の心覚えにより書いたものであり、甲第六号証の本文の記載とともに、後掲の公図、その他の疎明資料と対比して信用できないから、これを以つて申請人の主張事実の疎明資料とすることはできない。その他に申請人主張のように、本件山林が一号山林に当ることを疎明するに足る図面はない。

申請人は、一号山林の前々主山下宗一は、本件山林が一号山林であるとしてこれに植林し、書割を施していたと主張するが前掲の甲第三〇号証の二、同第三四号証の四、(中南重の各証言調書)中右主張にそう部分は、成立に争いのない乙第一〇号証の二の記載と対比して信用できないし、他に右主張事実を疎明する資料はなく、かえつて、成立に争いのない乙第一〇号証の一、二、甲第五四号証の一によると、申請人主張のような書割のあつた形跡のないことが疎明されるから、右主張は、採用できない。

<証拠>によると、チンクニこと本谷国造が大正一二年頃から当時の杉清二八四番地の一、二の所有者の村井庄右衛門、山下鶴松の承諾を得て本件山林内の大野谷、小松尾谷及び神納川を距てた東側の大瀬平等の谷川を利用してワサビ田を作りワサビを栽培し、その後コブヨシこと岩谷某も同様にワサビの栽培をし、両名とも本件山林の対岸の大瀬平に小屋を建てて居住し、大瀬平附近で椎茸の栽培をもしていたこと、申請人が一号山林と二八四番地の一の山林を所有するようになつてからも右のワサビ栽培が続けられ、本谷国造、岩谷某が老年のためワサビ栽培をやめてから後、柏谷光雄が、申請人先代前山徳太郎が一号山林を所有していた時代の昭和二三年頃から引き続き昭和二八年頃まで同様にワサビの栽培をしていたことが疎明される。しかし、前掲の乙一〇号証の一、甲第五四号証の一によると、本件山林中の小松尾谷には、神納川本流に注ぐ巾一m足らずの川が流れ、その下流に向つて川の左岸には、巾三、四m、長さ約三〇m、面積約三〇坪のワサビ田跡が上方から小さく四枚に仕切られて続いており、右岸には巾二mないし四m、長さ約一二m、面積約一〇坪のワサビ田が二つに仕切られており、下流に約五〇m進むと左岸に山裾に沿つて上方から巾二、三mの細長い面積約六坪のワサビ田跡が二枚あり更に約一〇〇m下流の左岸には、巾約六m、長さ約一〇mのワサビ田跡が二枚仕切られてあり、その上方が約一〇坪、続く下のが約五坪、更にその上方崖際には石垣を築き木柵を設け崖を切開いて段々畑状のワサビ田跡、面積約一坪のものが三枚あり、右石垣から上方の山際は、約二〇坪にわたつて伐採されていることが疎明される。そして、特段の事情の認められない本件においては、ワサビが栽培されていた大野谷におけ谷川でのワサビ栽培の規模も大体右と同様であつたと推認することができる。<証拠>によると、本件山林は、実測約五〇〇町歩の大きな自然林であつて、その中を流れる谷川である大野谷、小松尾谷における前記ワサビ田は、その極めて狭小な一部分であること、深山幽谷である杉清地区に在つては、山の谷川でするワサビの栽培は、山の立木に何らの被害を与えないものであるから、村人は、山の所有者に了解がない場合でもワサビを栽培していたことが疎明される。そうすると、本件山林の中の大野谷、小松尾谷において前記のような規模のワサビ栽培がなされていたことを以て本件山林の全山的占有支配があつたことを認めることはできない。なお、前記本谷国造らが本件山林内で椎茸を栽培したことや山番として山全体を占有管理していたことを認めるに足る疎明資料はない。そうすると、ワサビを栽培していたことから、申請人やその前所有者らが本件山林全部を事実上占有支配していたものと認めることはできないから、申請人主張のように、本件山林が一号山林に当るものと認めることができない。

なお、申請人の主張にそう疎明資料として、<証拠>が存在するが、これらは<証拠>と対比して採用できないし、他に申請人主張のように、本件山林が一号山林であることを疎明するに足るものはなく、かえつて、前示の後者の疎明資料によると、本件山林は、大瀬正一所有の二号山林であることが疎明される。

申請人は、二号山林は、公簿上僅か一五町一反六畝二〇歩であるに過ぎなが、十津川村役場備付の図面によると、数十倍以上の面積となると主張するが、<証拠>によると、本件山林と地籍図に記載の一号山林との間には、約一〇m以上の川巾の神納川があつて、右一号山林と本件山林との間の明確な境界をなしており、両者は、直接その境界を接しているものでないことが疎明されるので、本件山林が二号山林で実測面積が公簿面積に比べて大きいといつても、そのために一号山林の面積が狭くなる関係にあるものではないから、このことから二号山林が本件山林に当らないということはできない。

そうすると、結局本件山林が一号山林であつて、申請人の所有山林であることの疎明がないこととなるから、申請人主張の被保全権利の存在が疎明されないものというべく、本件につき保証を立てさせることにより仮処分を認容するのを相当とすべき事情も認められないから、本件仮処分は許さるべきものではない。従つて、本件仮処分申請は、その余の争点につき判断するまでもなく、理由がないものといわなければならない。

よつて、本件につき、当裁判所が昭和三六年一一月九日なした前記仮処分決定中被申請人に関する部分を取り消し、被申請人に対する本件仮処分申請を却下することとする。被申請人は本件取消判決につき、仮執行の宣言を求め、民訴法第七五六条ノ二によると、仮処分を取消す判決は、財産権上の請求に関せざるものについても仮執行の宣言をすることができるのであるが、高等裁判所のする仮処分の判決に対しては、特別上告ができるのみで、普通上告はできないから(民訴法第四〇九条ノ二第二項、第三九三条第二項)、本件判決は、言渡と同時に確定する。従つて、仮執行の宣言を付する必要はないから、右申立を却下し、申請費用の負担につき、民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(岡野幸之助 宮本勝美 菊地博)

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